アヤワスカ

私の初めてのアヤワスカ体験7-3@ブラジル

 全員が飲み終わると、しばらく沈黙の中、全員瞑目し、アヤワスカを体に受け入れる。やがて、シャーマンと数人のファシリテーターたちが、楽器を手に、イカロと呼ばれる歌を歌い始める。その歌をかき消すかのように、外では雨が強く降り始め、やがて嵐のように激しい雨が扉を叩くのが聞こえてきた。それまでは雨の気配すらなかったのに、雷まで轟き始めた

 やがて1時間ほど経ったころ、周囲の参加者に変化が生じ始める。あぐらをかいたまま、ゆっくりと上半身をくねらせている人、うつむいたまま軽く震えている人、座っているのがつらくて横になる人、そして、手元に用意されたバケツやビニール袋に吐き戻す人。まさに、噂で聞いていた通り、その光景に驚きはしなかったが、いつこの変化が私に訪れるのかとドキドキしながらその時を待つ

 しかし冷静に周囲を観察しながら、この液体のパワーに畏怖を感じてもいた。大の大人たちが、たったいっぱいのショットグラスを飲んだだけで、こうも変わるのか

 シャーマンの生演奏は、時に休憩をはさみ、既に用意されていた音源をBGMに流したりしつつ、やがて2杯目のアヤワスカがふるまわれる。1杯目と同じく、一気に流し込むと、アヤワスカが体内を巡るのをひたすら待つ。嵐が激しくなるのに比例して、周囲の参加者たちも激しく嘔吐をしたり、泣き始めたり、笑い始めたり、踊り始めたり、独り言を言ったり、ただ横たわっていたり、明らかな変化がより激しく表れてきた

 いつ来るんだ、いつ来るんだ、早く吐きたい、吐かせてくれ、3年も恋焦がれたアヤワスカよ、私に宇宙を見せてくれ、神の声を聞かせてくれ、はるばるブラジルまでやってきたこの日本人にアマゾンの叡智を授けてくれ

セレモニーの終わり

 日付が変わるころ、シャーマンは希望者のみに3杯目のアヤワスカをふるまう。2杯目までは全員が飲んでいたが、3杯目からは断る参加者も出始める。私はこの機会を堪能したくて、少し胸が気持ち悪く感じるものの、3杯目を勢いよく飲みほした。楽器を弾いていた一人のシャーマンも、途中、吐き戻していた。なぜ自分は吐かないのだろう、3杯を飲んでもなお足りないのか…

 来い、早く来い、アヤワスカの精霊、私の体をかき混ぜ、頭の中を浄化し、ビジョンを見せてくれ

 深夜に差し掛かり、嵐は嘘のように収まった。ぽつぽつとトイレに行くものも出始め、私を除くほぼ全員がグロッキーな状態、しかし私には変化がない。実はこの後、4杯目、5杯目のアヤワスカを飲んだのだが、まだ吐かなければビジョンも見なかったのだ

 この時、私の頭をよぎる言葉があった。曰く、「アヤワスカは人を選ぶ」。つまり、アヤワスカを知る人は限られており、かつアヤワスカに出会える人は選ばれており、またアヤワスカを飲み、何らかの変化や気づき、英知を得られる人はさらに恵まれた人なのだ。アヤワスカを飲んでも何も変化がない人もいれば、ただのバッドトリップに終わり、二度と飲みたくないという人もいる。すべてが完璧なタイミングで起きていることなのだろうが、今の私にはアヤワスカはまだ早かったのだろうか。私は選ばれなかったのだろうか?

 それでも、こうして恋焦がれたアヤワスカを飲めただけでも幸せだった、この経験は得難いものとして日本に持って帰ろう

 既に深夜3時を過ぎていただろうか、私はほぼ諦めはじめ、緩やかな嘔吐感も忘れ去ろうと、シャーマンの唱えるマントラに耳を傾けていた。多くの参加者は、儀式の終盤をそれぞれ感じ取り、気づくと、皆あぐらをかいて瞑想しているようだった。シャーマンは、手にした数珠の珠を一つずつ指で繰りながら、マントラを唱える

 シャーマンのマントラに合わせ、太鼓の音が徐々に早くなってくる

 徐々に早くなり始めたマントラと太鼓の鼓動は、やがて忙しいまでにリズムを高め始める。もはやシャーマンがマントラをなんと唱えているのかすらわからない

オーナマーシヴァヤー、ナマシヴァ、ンシヴァ、シヴァシヴァシヴァ…

 追い立てられるような激しい太鼓の鼓動、激しくものすごい声量で唱えられるシャーマンのマントラが、私の耳朶を飛び越して胸の中心にいきなり飛び込んだかのように思えた。その瞬間、自分の胃がぐわっと動くのが分かった。そして、近くにあったバケツを引き寄せると、滝のように私は戻した。胸の嗚咽は不快ながらも、ピャーと飛び出るようにすべてを吐き出した快感にもやや酔いながら、私の浄化は、儀式の終盤でようやく迎えることができた

 不思議だったことは、数日間断食していたのに、黒いタピオカのようなものがいくつも私の吐瀉物に混じっていたことだ

 窓は少し明るみを帯び、朝の到来を告げていた。小鳥の鳴き声が、遠くでかすかに感じられる